2017年4月12日水曜日

安らかに

 J・ガイルズ・バンドのJ.ガイルズが死去。この名前を知らなくても、きっと〈Centerfold(堕ちた天使)〉は聴いたことがあるだろう。
 この歌がヒットする以前のR&Bの色が濃かった頃の歌を、アマチュアの頃よくコピーしていた。
 こんな追悼文を、これから何度ここに書くことになるんだろうな。
 安らかに。


2017年4月11日火曜日

ロイ・オービソンの歌声

 ブルース・スプリングスティーンの1975年の大ヒットアルバム《明日なき暴走》に収録されている〈サンダー・ロード〉に、こんな歌詞がある。

ラジオからはロイ・オービソンが
孤独な者に歌っているのが聞こえる

 1987年の、ロイ・オービソン復活ライヴ《BLACK & WHITE NIGHT》の30周年記念エディションを買って、30年ぶりに聴き惚れた。当時はVHSで買ったな。
 ゲスト・ミュージシャンとして、ブルース・スプリングスティーン、エルビス・コステロ、J・D・サウザー、ジャクソン・ブラウン、ボニー・レイット、トム・ウェイツなどなど、超豪華。
 バックでギターを弾いているブルースが、アイドルを見るようなキラキラした目でロイ・オービソンの背中を見つめている。

 30年前、たくさんのサポートを得て復活したロイ・オービソンは、ジョージ・ハリスン、トム・ペティ、ボブ・ディラン、ジェフ・リンとのバンド、トラヴェリング・ウィルベリーズに参加した直後、52歳で急逝した。
 ビートルズにさえ影響を与えた偉大なシンガーが、全盛期のままの声で歌い続け、その享年が、52歳だったなんて。


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2017年4月10日月曜日

庄野真代さんの姿勢

 4年ほど前、札幌のイベントに呼ばれた時、共演者に庄野真代さんの名前があった。かつて〈飛んでイスタンブール〉が大ヒットした、いわゆる歌謡界のシンガー。
 その他の出演者は、俺を含めてフォーク系の人が何人か。不思議な取り合わせのイベントだなと思っていたが、蓋を開けてみれば何のことはない、俺たちは15分ほどの持ち時間で、最後に庄野真代さんがたっぷり1時間ほど歌った。つまり俺たちはただのにぎやかしだった。
 歌い終えた俺は、客席の後ろで庄野さんのステージを聴いていた。ピアニストだけの伴奏で、まあ営業的な感じではあった。
 イベントが終了してMCがしゃべっている間に、庄野さんはステージ衣装のまま、ロビーの物販が並ぶテーブルに移動して、直立で立ち、三々五々帰っていくお客さんやCDなどを見るお客さんに丁寧に対応していた。
 その姿勢には感心した。

 俺は今までどうしていたか。
 楽屋でメンバーとしゃべりながらビールを飲んでふんぞり返っていた。サインも受け付けなかった。どこかで「俺たちゃロックだからよ」みたいに思っていた。奢りだ。
 今はライヴ後は、できる限りお客さんと向かい合うようにしている。そこでのおしゃべりの中に、次へ向けてのちょっとしたヒントを見つけることもある。


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2017年4月8日土曜日

浜田裕介とのツアー

 四万十市に住み、全国をツアーで回っているシンガー浜田裕介と、今年も4日間のジョイント・ツアーをやる。彼とのツアーは2009年から毎年続いている。

 京都の音やは、浜田裕介とこれまで何度も行った店だ。桂川のほとりで、渡月橋まで歩いていける場所にある、とてもいい雰囲気の店だ。ママさんのキャラが濃い。京都より大阪寄り。

 広島 OTIS!は、俺のソロ・ツアーで何度も行ったが、今回は初めてのジョイント。とはいえ、ソロ・ライヴと同じくらいたっぷり歌うよ。ここのマスターもキャラが濃い。

 下関の“T”Gumboは、以前から浜田裕介を応援してくれている店で、俺は去年、初めて行った。初山口県でのライヴだった。コンパクトな店だが入りきれないくらいお客さんが集まってくれた。

 福岡 みどりや食堂は、去年初めてソロ・ライヴをやらせてもらった。名前の通り居酒屋なんだが、食事がとにかくおいしい。店主の福田さんは元ARBの白浜さんと旧知の仲で、去年の白浜さんとのツアーではベースも弾いてくれた。
 ツアーの詳細はこちらから。

 浜田裕介を知らない人も多いと思う。何はともあれ〈呼吸-Breath-〉を聴いて。俺が思う、今の時点での彼の最高傑作だ。

 2人でプレイした〈種の歌〉の動画はこちら。




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2017年4月7日金曜日

とても小さな一歩だけど

 横浜の馬車道にある小さなライヴ・バー、Routineでの〈投げ銭ライヴ〉。

 トップで登場したTAKA君のライヴを聴きながら、どんなアプローチでいくか迷ったが、やっぱり変化球じゃなくストレート勝負にした。
 来てくれた人数は少なかったが、とても温かい雰囲気だった。普段会場で見かけない昔からのファンの人も来てくれて、当時のCDにサインしたりした。
 俺よりもだいぶ年上の方が、「〈ばあちゃんごめんね〉っていうより〈かあちゃんごめんね〉の方がリアルなんだよなあ」なんてひと言には笑っちゃったな。

 とても小さな一歩だけど、次につながった気がした。



photo : TAKA


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2017年4月6日木曜日

セット・リストと、歌に必要な空間

 facebookの〈ビジター投稿〉に、Katsunori Nishizawa‎君が〈小山卓治 × 信夫正彦〉のライヴ・レポを書いてくれた。いつも熱気たっぷりの文章でライヴを再現してくれる。


 今回のセット・リストにも、こだわりがあった。
 以前、〈天使の歌う朝〉から〈光のオルガン〉につなぐセット・リストでやったことがある。この時に2曲をつなぐキーワードは“光”だった。

 今回は〈天使の歌う朝〉から〈靖国通り、月曜の午後〉へつないだ。この2曲の歌詞には「天使」が出てくる。
 〈天使の歌う朝〉で、「この街のどこかに天使がいる」という都市伝説的な設定を作った上で、次の〈靖国通り、月曜の午後〉で、天使の存在をうっすらと感じている男女を登場させた。その男女を、〈天使の歌う朝〉の天使が見下ろしている、そんな光景を描きたかった。

 ここでひとつ足りないものがある。“歌に必要な空間”だ。ステージにある程度の空間がないと、歌の世界を表現しきれないことがある。歌がお客さんの心に届くまでに、空気の層が欲しい。
 これは写真にも同じことがいえる。ステージの奥行やタッパがある方が、絶対いい写真になる。
 今の状況では致し方ないことだが、これは俺にとって必要条件だ。


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2017年4月5日水曜日

人生初〈投げ銭ライヴ〉

 明日は、オフィシャル・ファン・コミュニティー〈ONE〉メンバー、Taka君の企画ライヴに出演する。人生初の投げ銭ライヴ。
 初めて俺の歌を聴いてくれる人が多いだろうから、基本に立ち返ったセット・リストで望もうと思う。もちろんのこと、全力で挑む。どんなライヴになるのか、すごく楽しみだ。

 ファンの人がライヴを企画して呼んでくれることが最近増えてきた。7/15 千葉 佐倉でのライヴもそうだ。「私の街で卓治の歌を聴きたい」、そんな気持ちには、できる限り応えたいと思っている。


 オフィシャル・ファン・コミュニティー〈ONE〉に、4/1 harness〈小山卓治 × 信夫正彦〉から、〈Soulmate〉の動画を掲載した。


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2017年4月4日火曜日

マイ・マイク

 以前エンジニアの勧めで、SHUREのマイク、SM58、通称「ゴッパ」を2本購入して、センターとピアノのマイクとして使っていた。このマイクは一番ポピュラーで、どのライヴハウスに行っても必ずある。ただ、ライヴ・ハウスのマイクは相当使い込まれたものが多くて、ヘタっていることも多い。
 信夫君は、AKGのD5をマイ・マイクとして持って来ていた。このマイクはharnessにも常備してある。
 俺の最近のマイ・マイクは、SHUREのKSM9というコンデンサー・マイク。これは優れものだ。音の透明感とハリがはんぱなくいい。俺の声質とも合っている。
 マイクも、ギターと同じで大切なアイテムだ。



photo : Yukari Watanabe


 オフィシャル・ファン・コミュニティー〈ONE〉に、自由が丘 Mardi Grasの〈Live Photograph〉を掲載した。
 〈ONE〉紹介サイトはこちら。


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2017年4月3日月曜日

キラキラとギラギラ

 市ヶ谷で電車を降りて、お堀に続く桜並木を歩く。五分咲きくらいかな。桜の下を歩くと、いつの間にか歩く速度が遅くなっていく。

 法政大学はちょうど入学式で、たくさんの若者が集ってキラキラしていた。
 俺も大学の入学式には出た。中退したから卒業式には出ていないけれど。俺もその頃はキラキラしていた、と思う。ただ十分に屈折だけはしていた。「何とかしなきゃ」と必死で思いながら、何ともならず、「こんな腐った街、すぐに出ていってやる」と毒を吐きながら、バイトを続けていた。
 二十歳の頃まではキラキラだったが、いつの間にか、ギラギラしていた。
 キラキラしたものに強く恋い焦がれながら、ギラギラする。それが俺のやり方になってしまった。曲作りのスタンスになってしまった。


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2017年4月2日日曜日

次につなげるセッション

 昨日のジョイント・ライヴ、まずは信夫君のステージを堪能した。彼の歌世界からはいろんな匂いがしてくるが、聞いてみると意外や唱歌的なものが好きだとか。俺も子供の頃はNHKの「みんなの歌」で流れる歌をよく歌ってたっけ。

 アンコール・セッションでは、お互いの歌を2曲ずつプレイ。俺の歌のセレクトは、今後、彼が俺のバンドでピアノを弾いてくれることを頭に入れた上でのもの。信夫君の曲ではギターとコーラスで色をつける。
 当日のリハーサルで1回合わせただけとは思えない、ジャストのノリだった。正確ということではなく、ノリがうねりながらからまっていくというか。やりながらゾクゾクした。
 彼とは長いつきあいになるだろう。



photo : Yukari Watanabe


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2017年4月1日土曜日

案の定な空模様

 いよいよ初のジョイント・ライヴ〈小山卓治 × 信夫正彦〉。
 で……桜も咲いたというのに、関東は雨模様の寒波だ。うーん、さすが自他共に認める雨男の俺。
 デビュー・ライヴの下北沢は雨だった。30周年ライヴの渋谷はゲリラ豪雨だった。今年の9月に考えている〈還暦記念ライヴ〉では、何が降ってくるのやら。

 秋の九州は台風のシーズンで、俺が生まれた日は熊本に台風が上陸し、強風で雨戸が吹っ飛んだそうだ。この話をすると、みんな妙に納得しながら大笑いする。

 でもきっといいライヴになる。遊びにおいでよ。



photo : Yukari Watanabe


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2017年3月31日金曜日

トラベルギターで熊本支援を

 昨日のダイアリーを読んで、リクエストや、俺のギターで歌いたい人からコメントが届き始めている。4/15は楽しさ満載のライヴになりそうだ。


 ファンの人から〈熊本応援ライヴ〉に関して、こんな提案をもらった。
「以前、小山さんが引っ越しをする時に、使わなくなった私物をプレゼントしたことがありましたね。今回のライヴで〈卓治の私物オークション〉というのはどうでしょう」

 2010年に友人2人と韓国にライヴに行った時、国際線に乗せるからと俺はギターをハード・ケースに入れて、2人はソフト・ケースに入れてきて、「壊れたらどうすんだよ」なんて言っていた俺のギターだけネックにヒビが入った。
 それを踏まえて、2年前に香港に行った時は、壊れても惜しくない安価で小振りなS.Yairiのトラベルギターを買って持って行った。ホテルや公園でそのギターを抱えて〈ハヤブサよ〉や〈パパの叙事詩〉を作った。

 戻ってきて、一度ライヴで使ったきり、今は仕事部屋に置きっぱなしで使っていない。欲しい人がいたら買ってもらって、それも熊本支援に回そうと思う。
 オークションなんていうと大げさになりそうだから、希望者が複数いたらジャンケンで決めて、当日持って行く募金箱に気持ちの金額を募金してもらうという方法にする。

 みんなの協力をお願いします。



photo : Takuji 「香港の公園で」


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2017年3月30日木曜日

熊本応援ライヴ Vol.4

 俺の故郷の熊本で大きな地震が起きたのは、去年の4/14と16。もうすぐ1年たつ。
 去年は〈熊本応援ライヴ〉を3回やった。今年も、4/15と10/14にharnessで開催する。この〈熊本応援ライヴ〉は、これから年に2回のスパンで、熊本の復興が終わるまで続けるつもりだ。

 4/15のライヴは、アルバム《成長》の全曲披露ライヴにする。曲が生まれたエピソードやレコーディングのこぼれ話などしながら全10曲を歌う。

 そして去年もやった企画で、俺のギターの伴奏で歌いたい人を募集する。これまで、女性が歌う〈最初の奇跡〉、男性が歌う〈Aの調書〉、〈酒と泪と男と女〉を熱唱してくれた男性もいた。
 先日の自由が丘 Mardi Grasのライヴ後、早くも1人参加を表明してくれた。歌うのは〈カーニバル〉の元歌で、メロディは一緒だが、歌詞はアマチュアの頃に作ったもの。昔、1回だけライヴで歌ったことがある、と、彼は言うんだが、俺はまったく記憶にない。歌詞を見せてくれて「これで合ってますか?」って聞かれたんだが、憶えてないってば。
 やってみたい人は、ここのコメントフォームから、参加表明を送ってね。

 そして、何曲かリクエストにも応えようと思う。全部の歌詞を持っていく。これも前もってコメントフォームから送ってくれてもいいよ。
 さらに当日限定販売で、最近のライヴテイクを5曲ほど収録した〈熊本応援CD-R〉を作る。
 ライヴの収益とCD-Rの売り上げは、熊本支援に送る。

 〈熊本応援ライヴ〉は、毎回いろいろな企画を立てて、みんなに楽しんでもらおうと思っている。まずは4/15、遊びにおいでよ。



photo : Yukari Watanabe


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2017年3月29日水曜日

信夫正彦のビート

 4/1はharnessでジョイント・ライヴ〈小山卓治 × 信夫正彦〉。
 いつものようにお互いの曲をセッションする。信夫君からセッションの音資料が届いた。彼の独自の世界観があって、すごくいい。

 ドラムとベースなしのピアノだけの演奏で、ボーカリストが歌えるだけのビートを出せるピアニストは、そうはいない。小手先のテクニックと体で刻むビートは、まったく別のものだ。
 信夫君は自分でも歌を作って、ピアノを弾きながら歌っているから、そのビートを持っている。

 去年の信夫君をサポートに迎えたライヴでは、ピアノがアレンジの軸になっている歌をセレクトしてやった。〈1 WEST 72 STREET NYNY 10023〉、〈ILLUSION〉、〈The Fool On The Build’〉。そして元アレンジからガラリと変えて俺がソロでピアノを弾いて歌っていた〈紫の夜明け〉なども。
 他にもピアノありきで歌いたい歌は、実はたくさんある。それをこれから信夫君と作っていく。
 彼も、俺の新しいSoulmateになってくれるはずだ。


 オフィシャル・ファン・コミュニティー〈ONE〉に、自由が丘 Mardi Grasのライヴから〈孤独のゲーム〉の動画を掲載した。
 〈ONE〉紹介サイトはこちら。



photo : Yukari Watanabe


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2017年3月28日火曜日

フラメンコ・ギタリストの爪

 ギターをかき鳴らすと、右手の人差し指の爪が弦に当たって、すり減ったり割れたりする。そうするとアルペジオができなくなる。長年の悩みの種で、厚めにマニキュアを塗ってみたり(ちょっと不気味)つけ爪や、ピンポン玉を切って貼ってみたりしたが、どうもしっくりこない。

 何年か前にナイスな情報を聞いた。フラメンコのギタリストは指で激しくギターをかき鳴らす。彼らが普段から愛用しているのが、アロンアルファ 釣り名人。爪の上にティッシュなどを置いて、その上からアロンアルファを塗って固める。彼らが日本に来る時にはまとめ買いをするとか、スペインの楽器店にはアロンアルファが売ってあるとか。
 さっそくやってみた。ワンステージ終わって見ると、けっこうすり減っていたが、爪は無事だった。こりゃいいや。
 ということで、常に10個くらいずつまとめ買いしている。アロンアルファにはいろんな種類があるが、これが一番いい。amazonのカスタマーレビューを読むと、ギタリストの感想しか載っていない。


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2017年3月27日月曜日

愛人たち

 シンガーにとってギターは女房のようなもの、という人がいる。でも俺的にギターは女房じゃない。なぜって何台もギターがあって、それをとっかえひっかえしながらライヴをやっているからだ。つまり、愛人みたいなもの。

 ギターには全部名前をつけている。だって愛人なんだし。
 80年代からずっと使い続けていたTAKAMINE PT-406の名前は、マチルダ。大好きな映画『LEON』の女の子の名前。その子、ナタリー・ポートマンが後にアカデミー主演女優賞を取るとは思わなかった。
 2000年くらいに購入したGibson DOVEには、キャサリンと名づけた。通称キャシー。キャサリン・ヘプバーンの凛々しいイメージから。
 その後に購入したMartinの12弦ギターは、シャルロット。シャルロット・ゲンズブールの可憐な感じ。まあ、Martinはアメリカ製だけどね。

 そして今、一番腕に抱き続けている愛人、Gibson J-45は、アンジー。アンジェリーナ・ジョリーのセクシーさから。
 俺は愛人に対して決して優しくは接しない。「鳴れ! 鳴りやがれ!」と打楽器ばりに弾き倒す。最初は鳴ってくれなかったアンジーも、今ではセクシーな声を出す。
 アンジーは2013年の秋に購入し、北は旭川、南は西表島まで旅をしてきた。まだまだ旅は続く。



photo : Yukari Watanabe


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2017年3月26日日曜日

“ライヴ”は“生きている”

 自由が丘 Mardi Grasは、熱気に満ち溢れた。
 facebookにいつもライヴレポを書いてくれるKatsunori Nishizawa‎君が、今回もリアルなレポートをさっそく載せてくれた。ぜひ読んでね。

 昨日も様々なアプローチでセットリストを考えて望んだ。それでも、客席の空気を感じ取ると変えたくなる。
 本編最後の客席からの歌声があまりに素敵だったから、もっと歌声を聴きたいと思った。一緒に歌いたいというお客さんの気持ちも感じた。アンコール1曲目は、若干クールダウンの歌を用意していたが、一緒に歌える〈Blind Love〉に替え、その流れで2曲目も変更した。
 英語表記では、ライヴは「gig」の方が正しい。「live」は、まさに「生きている」という意味。
 “ライヴ”は“生きている”。


 ライヴ後、一番前のセンターに座っていた男性と少し話した。彼はこのダイアリーを読んで、初めてライヴに足を運んでくれたとのこと。すごい嬉しいね。

 MCで話したが、4/15 harnessでの〈熊本応援ライヴ Vol.4〉は、アルバム《成長》を全曲歌うライヴにすることにした。詳しいことは、また近々。



photo : Yukari Watanabe


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2017年3月25日土曜日

ライヴのカタルシス

 「今日のライヴ、楽しかった。好きな歌がたくさん聴けたし」

 そんなライヴがやりたいんじゃない。

 感動というのは、一種の心の傷。ライヴではお客さんの心に傷をつける。そしてライヴのラストでその傷を癒す。それがライヴのカタルシスだ。
 心と心の間で何かが交感されなければ、ただの発表会だ。
 一期一会でなければ、ただの同窓会だ。

 そんなことを思いながら、いつもステージに向かう。


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2017年3月24日金曜日

ぴかぴかのカースケ

 ぴかぴかのドラムは、今や日本で屈指のドラマー、カースケだった。ぴかぴか解散の後、カースケは2年ほど俺のパーソナル・バンドにいた。
 カースケの方が年下で、たまに両方の知り合いから、「カースケは卓治より年下なのに、なんで“卓治”って呼びすてなんだよ?」と聞かれると、カースケは「だってこいつ、俺のローディーだったんだもん」なんて笑って言う。俺はデビュー前、ぴかぴかの楽器も運んでいた。
 アルバム《ひまわり》のほとんどと《Passing》の全ドラムをカースケが叩き、それから18年後の《種》で、また一緒にやることができた。
 余計な主張はいっさいせず、歌を引き立たせることを最優先する、本当にすばらしいドラマーだ。

 懐かしい写真があった。アルバム《種》のリリースに合わせたツアー〈Planting Seeds Tour〉のファイナル。2004/3/21 東京 初台 DOORS。
 ドラム : カースケ、ベース : スティング宮本、キーボード : たつのすけ、ギター : 中野督夫、サックス : SMILEY。


 さて今日は、河村博司君のスタジオへこもる。




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2017年3月23日木曜日

ぴかぴかのMIDORI

 1982年、プロダクションが決まり、「デビューまでしばらくあるから、曲を書きながらローディーのバイトをしなさい」と言われ、RCサクセションのローディーをやっていた。
 同時に、当時所属していたシーナ&ロケッツの楽器も運んでいた。鮎川さんとシーナさんが、当時まだ幼かった娘さん2人をリハーサル・スタジオに連れてきて、リハーサルの間、「お兄ちゃん、かくれんぼしよう!」と言われて、楽器が積み重ねられたスペースでかくれんぼをした思い出がある。

 ぴかぴかというバンドも所属していた。そのボーカルがMIDORIちゃんだ。
 ぴかぴかを解散して、MIDORIちゃんはソロ・アルバムを出すことになり、俺に曲を依頼してくれた。彼女の当時のタフなボーカルのイメージだけじゃなく、もっと女性としてのはかなさを歌ってほしくて、〈Thunder Boy〉と〈P.M.11:11〉を書き下ろした。
 ソロ・アルバム《Sanctuary》は1988年にリリースされ、〈Thunder Boy〉が収録された。残念ながらすでに廃盤だが、さすがインターネット、amazonで「小山卓治 MIDORI」で検索すると、中古だが今でも購入できる。
 リマスタリング盤《VANISHING POINT》のボーナス・トラックに、俺のライヴテイク〈Thunder Boy〉を収録している。

 結婚して、旦那様と自由が丘にMardi Grasをオープンさせたのが1992年。何度か飲みに行ったことがあるが、その後疎遠になった。
 2013年の30周年記念ライヴをひさしぶりに見にきてくれたMIDORIちゃんと再会し、「Mardi Grasでも歌ってよ」と誘ってもらって、最初のライヴがその年の7月。それからもう8回歌ってきた。
 毎回、2曲ずつMIDORIちゃんとセッションするのが恒例になっている。彼女の歌声をみんなに聴いてもらえるのが、いつも嬉しい。


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