2018年2月26日月曜日

ハレルヤ!

 平昌オリンピック開催中、時間がある時は競技を見ていた。一喜一憂、たくさんの感動をもらった。

 フィギュア・スケートの、男子シングルや女子シングルはもちろん感動したが、今まであまり熱心に見ていなかったアイス・ダンスで、感動的な演技に出会えた。
 AOR(オリンピック・アスリート・フロム・ロシア)の、エカテリーナ・ボブロワとドミトリー・ソロビエフの演技だ。
 今までのアイス・ダンスの印象は、美男美女が愛のシーンを表現して、最後は見つめ合うか抱きしめ合って終わる、というものだった。
 2人の演技は、盲目の女性が男性と出会い、ある日突然目が見えるようになり……まあ解釈は人それぞれだから、興味があったら映像を見てほしいけど、演技の最後、2人はすれ違ったまま終わる。物語性と、間と余韻が美しかった。

 フィギュア・スケートの話ばかりになってしまうが、演技の音楽として〈ハレルヤ〉が何度も使われた。レナード・コーエンが1984年にリリースした歌だ。
 俺が最初にこの歌を聴いたのは、1991年にジョン・ケールがカバーしたテイクで、その時はまだレナード・コーエンの歌だと知らなかった。レナードの翻訳者の三浦久さんに怒られそうだ。

 〈WIRED〉というサイトを見つけた。
 このページには、レナード・コーエン、ボブ・ディラン、ジョン・ケール、ジェフ・バックリーなど、たくさんのテイクがリンクしてある。
 名曲は、誰がどんな風に歌っても、絶対に伝わることがよく分かる。

 それにしてもレナード・コーエン、かっこいいなあ。ちょっとアル・パチーノにも似てるね。こんな老人になりたいものだ。



2018年2月23日金曜日

ふたつの〈ヒーロー〉

 遅ればせながら、映画『6才のボクが、大人になるまで。』を見た。実際に2002年から2013年にかけて撮影された映画で、スクリーンの中で、6歳の少年が18歳に成長していく物語。



 内容もさることながら、サントラがすばらしかった。ボブ・ディラン、コールドプレイ、レディ・ガガ、シェリル・クロウ、ポール・マッカートニーなどの有名どころだけじゃなく、それぞれの時代を彩る50曲ほどの歌が流れた。
 中でも、Family of the Yearの〈Hero〉が好きだ。歌詞も構成もシンプルなのに、徐々に引き込まれていく。
 アルバムを検索したら、まだ日本盤はリリースされていないようだ。

 “Hero”つながりというわけでないけれど。
 映画『ウォールフラワー』は、90年代が舞台の映画で、その時代の歌が流れるが、ラスト・シーンで、デヴィッド・ボウイの〈Heroes〉(1977年リリース)がカー・ラジオから流れ、高校生役のエマ・トンプソン(ハリー・ポッター・シリーズのハーマイオニー)が「なんてクールな歌なの!」と叫ぶ。美しいシーンだった。
 時代を軽々と超える歌ってあるんだな。




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2018年2月20日火曜日

《NG!》リマスタリングに向けて

 エンジニアの穴井君が、「《NG!》のリマスタリングに向けて参考になります」と、〈HIGH-HOPES〉というサイト(ブルース・スプリングスティーンが2014年にリリースしたアルバム・タイトルと同じ)を教えてくれた。
 ブルース・スプリングスティーンの1973年から1984年までのアルバム7枚をリマスタリングしたエンジニア、ボブ・ラドウィックの貴重なインタビューが掲載されている。

Part 1
Part 2
Part 3

 ここに書いてあるように、「霧が晴れた」というのが、まさにリマスタリングという作業の一番分かりやすい表現かもしれない。
 リマスタリングされた音と以前の音は、明らかに、あからさまに、まるっきり、とんでもなく違う。
 俺が80年代のアルバムのリマスタリング盤をリリースして10年。リマスタリングの技術は日進月歩で進化している。きっと今できる最高の音に仕上げることができるだろう。すごく楽しみだ。


 ところで。
 上記のサイトの執筆者のプロフィールを読むと「洋楽ディレクターとして約20年フロントラインでいろんなアーティストを担当し──」とある。1/30にここに書いた不思議な縁もあるし、でも、いやまさかね、と思いながら、またソニー・レコードの内藤ディレクターに聞いてみたところ、ソニー・ミュージックの洋楽レーベル制作トップの方だった。いやはや、こんなことってあるんだな。
 他のコラムも、すごく読み応えがある。



2018年2月18日日曜日

小山卓治 × 田中ミツル

 田中ミツル君とのジョイント・ライヴまで、あと1ヶ月。

 1/30にここに書いたサイト「ストリート・ロックの時代」に、俺のコメントへの返事のような内容で、田中ミツル君のコメントが掲載された。
 そのひとつ前の書き込みには、サイトの執筆者、堀克巳さんが、アルバム《はるか》について書いてくれている。そして堀さんの個人ブログの方でも書いてくださった。本当に嬉しい。

 ジョイント・ライヴの特設サイトも完成した。ぜひここで、ミツル君の歌に触れてほしいと思う。




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2018年2月15日木曜日

《NG! 35周年 記念盤》

 1983年6月22日、ファースト・アルバム《NG!》をリリースした。
 今年、35年目の6月22日に、《NG!  35周年 記念盤》をリリースすることにした。2008年にリリースしたリマスタリング盤からすでに10年。再リリースを望む声も増えてきた。
 今回はさらに新しいアプローチでリマスタリングし、ボーナスCDに、当時のThe Conxとのライヴ・テイク、そしてThe Conxと組む前、デビュー前後にやっていたピアノとベースとの3人ユニットでのライヴ・テイクも収録する。
 さらに、初回リリースに枚数限定で、2時間半のライヴをフル・サイズで収録する。
 さらにさらに、《NG!》の曲を5曲ほど、Wonder 5でセルフ・カバーする。

 ここのところ、Wonder 5、デザイナーのコヤマ君、マスタリング・エンジニアの穴井君、レコーディングを担当してくれる河村博司君と、頻繁にメールのやり取りをしているところだ。

 6月22日は、東京 荻窪 ルースター・ノースサイドでライヴをやる。
 ライヴとアルバム・リリースの詳細は、近々インフォメーションするね。




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2018年2月12日月曜日

もうひとつ、浜田省吾さんのことを

 2/9の書き込みを、たくさんの人が読んでくれたみたいだ。せっかくだからもうひとつ思い出話を。

 アルバム《成長》をリリースした年、俺は初めての短編小説集『Shape Of Love 愛というかたち』を出版した。その中に、浜田省吾さんの歌からインスパイアされた『いつかもうすぐ』という短編を書き下ろした。
 物語は、ロスに住む女性がひさしぶりに日本に帰国し、浜田省吾さんのライヴでかつての恋人と再会するというストーリー。
 きっかけは、《成長》のマスタリングとジャケット撮影のためにロスに行ったこと、そして浜田省吾さんの代々木オリンピック・プールでのライヴに招待してもらって見に行ったことだった。短編の中にライヴの模様を書いていて、それは実際に俺が見たライヴのままだ。アンコールで〈いつかもうすぐ〉を歌うところも。

 物語を書き終え、本人の承諾を得なければと思い、浜田省吾さんのプロダクションに原稿を送り、当時はまだメールなどなかったから、俺のプロダクションの電話番号と、一応礼儀として俺の自宅の電話番号を添えた。当然、浜田さんのスタッフの方が俺のプロダクションに電話してくれるものと思っていた。
 ある日うちの電話が鳴り、「浜田です」と省吾さん本人からかかってきた。びっくりした。
 「ぜひ掲載して」と快諾をいただいた。

 小説を読んで、そこからインスパイアされて歌が生まれることはよくある。浜田省吾さんの歌を聴くと、物語を書きたくなる。そんな空気感を浜田さんの歌は醸し出している。



2018年2月9日金曜日

浜田省吾さんがくれた「Welcome Back!」

 ソニー・レコードからリリースした10枚のアルバムが、ダウンロード & ストリーミング配信されている。今は入手できないアルバムがここで入手できる。

 1991年の大切な思い出話を。
 アルバム《成長》のサウンド・プロデュースは、元モップスの星勝さん、安全地帯のギタリストの武沢豊さん、そして浜田省吾さんの右腕のギタリスト、町支寛二さんが担当してくれ、コーラス・アレンジは町支さんがやってくれた。
 町支さんの提案で、〈俺は帰って来たんだ〉のコーラスに、浜田省吾さんに参加してもらうことになった。

 レコーディング当日、スタジオのロビーにいたら、フラリと浜田省吾さんが現れた。それまで、ライヴの後の楽屋での挨拶などで何度かお会いしたことはあったが、自分のレコーディングに参加してもらうということは考えもしなかった。
 町支さんも来て、ほぼ完成した〈俺は帰って来たんだ〉をミキシング・ルームで聴いてもらった。
 1度ソニー・レコードから離れ、異例の復帰という時のレコーディングで、この歌で俺は当時の気持ちをそのまま吐露した。

君と別れてからずっと遠くまで
旅をしてきたんだ
冒険とバクチと若気の至りを
くり返してきた
馬鹿なことをしたと思うけど
後悔なんかしちゃいない
退屈と兄弟になるくらいなら
死んだ方がよかった

話しあってみないか
喧嘩でもいいから
どこかへ出かけてみないか
散歩でもいいから
君とやり直すために
俺は帰ってきたんだ

 浜田さんは用意していた歌詞を読みながら耳を傾け、そこにあったペンで歌詞の片隅にこう記した。

「Welcome Back!」

 それをそのままコーラスとして入れることになった。
 浜田さんと町支さんで一緒にコーラスを入れるため、2人はスタジオへ。俺はミキシング・ルームにスタンバイした。すぐに始めるのかと思ったら、2人はスタジオの奥にあるピアノに向かい、何かやっている。何だろうと思い、スタジオ中央にセッティングしてあるマイクのボリュームを上げてもらった。2人は発声練習をしていた。

「うわー、浜田省吾が発声練習してるぞ!」

 先輩だということも忘れ、昔ファンだった頃に戻ってしまった。

 コーラス・ダビングは順調に進み、途中で2人はミキシング・ルームに戻り、確認することに。
 戻って来た浜田さんが「じゃあ聴かせてください」と言ってサングラスを取った時は、「あ、見ちゃいけないのかな」と、目をそらしたりして。

 興奮の時間が流れ、コーラスは完成した。気持ちよく参加してくれた浜田省吾さんには、今でも感謝している。
 そしてその時以来、俺も日常での発声練習は心がけるようにしている。



2018年2月7日水曜日

引き際の美学と、続ける覚悟

 ニュース・サイトで「ポール・サイモン ツアー活動引退を表明」という記事を読んだ。今年で76歳。単独のライヴや音楽制作は続けるようだが、ロング・ツアーはやらないという発表だった。
 関連記事として「エルトン・ジョンが2021年でツアー引退を表明」とあった。引退の時には73歳。
 これも関連記事で、去年のニュースだが「アレサ・フランクリンが年内で引退」ということだった。75歳。

 ビッグ・スターは、ツアーとなればワールド・クラスになり、何ヶ月も続く。体力的、そして気力も、限界を感じるのかもしれない。

 そこで思い起こすのは、ボブ・ディラン、76歳。ポール・マッカートニー、75歳。ローリング・ストーンズのミック・ジャガー、74歳。ブルース・スプリングスティーン、68歳。他にも現役バリバリのロック・シンガーはたくさんいる。
 日本はどうかな。岡林信康さんは71歳。吉田拓郎さんは71歳。中川五郎さんは68歳。三浦久さんは72歳。

 俺、たかだか60歳。
 先輩方が現役でいる限り、後に続く俺たちには、歌い続ける責務がある。


Photo : CNNニュース・サイトより


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2018年2月4日日曜日

〈The Sound Of Silence〉に漂う60年代の虚無感

 1年2ヶ月ぶり、東京では2年ぶりになる白浜さんとのジョイント・ライヴ。すばらしく盛り上がった。

 白浜さんと初めて、サイモン&ガーファンクルの〈The Sound Of Silence〉をカバーした。
 この歌をステージで歌うのは、2009/9/5 鳥取 米子 BELIERで、織田哲郎君とジョイント・ライヴした時のセッション以来だ。

 ひさしぶりに歌うから、何度も歌い込んで、訳詞ももう一度読み返した。
 今は沖縄に住んでおられる翻訳家の山本安見さんが1986年に出版された『サイモン&ガーファンクル詩集』が本棚にある。以前、安見さんからいただいた本だ。
 あんなに静かで美しいメロディに、こんなに激しく、しかも内省的な詞を60年代に書いていたのか、と改めて驚愕する。

 俺が初めてサイモン&ガーファンクルを聴いたのは、確か13歳の頃。ギターを弾き始めたばかりだった。ポール・サイモンのギターを必死に練習し、歌も練習した。俺の音楽的ベースの大きなひとつだ。


photo : Yukari Watanabe


 オフィシャル・ファン・コミュニティー〈ONE〉に、年に1度の「オフィシャル・インタビュー」を掲載した。今年の35周年へ向けて、そしてその先への話をしている。


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2018年2月1日木曜日

〈YELLOW WASP〉with 白浜久, 福田昭彦

 今週末のharness〈小山卓治 × 白浜久〉へ向けての最終準備。
 白浜さんの盟友のベーシスト、福田昭彦さんが福岡から来て、一緒にプレイしてくれることになった。2016年の九州ツアーでプレイした〈YELLOW WASP〉を3人でプレイすることにした。
 来れる人は楽しんでね。


photo : Masashi Koyama


 オフィシャル・ファン・コミュニティー〈ONE〉のコンテンツ「卓治写真館」に新しい写真を掲載した。
 〈ONE〉紹介サイトはこちらから。


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