ラベル think の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル think の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2020年2月11日火曜日

ジョイント・ライヴ 共鳴させるか、あえてぶつけるか

 初めてのシンガーとのジョイント・ライヴのセットリストは、いつも頭を悩ませる。
 今週末にライヴをやる佐藤亙君は、ビードローズのボーカリストで、アルバムを1枚もらって聴いた。去年9月の染谷俊君と3人でのイベントでは、音を合わせた。
 亙君の歌には、俺と共鳴するエッセンスをたくさん発見する。俺のセットリストで、彼のライヴと綺麗な和音を奏でるか、あえて不協和音を楽しむか、ふたつの方法がある。どちらの方がお互いにとって刺激的だろう。そして亙君のお客さんは、どちらを楽しんでくれるだろう。そんなことを考えながら、曲を並べては並べ直している。

 亙君の歌を聴いていて、ひとつ気づいた。同じようなテーマや気持ちで歌を作った場合、俺の方がちょっとだけテンポが速い。その“ちょっと”の分だけ、俺の気が短いんだろうな。
 白浜久 Projectで、〈Yellow Center Line〉を白浜さんがアレンジした時、「白浜さん、ちょっとテンポが速いよ。少し落とそう」と提案した。
 その“ちょっと”の分、白浜さんの気が短いんだな。

〈小山卓治 × 佐藤亙〉
2月15日(土)東京 阿佐ヶ谷 harness

photo : Yukari Watanabe


オフィシャル・ファン・コミュニティー〈ONE〉を更新した。
■オフィシャル・インタビュー
2時間にわたって2019年を振り返った。


photo : Masashi Koyama


〈ONE〉の最近情報はオフィシャルのfacebookを見てね。


2020年1月28日火曜日

山下好男

 1985年から1989年まで、俺のパーソナル・バンド DADのベーシストだった、山下好男が亡くなった。
 去年の6月、facebookにメッセージをもらった。今は福井に住んでいるということで「福井に行くことがあったら会えるだろう」と思っていた。

 彼が在籍していたバンド、T-Birdは、センチメンタル・シティ・ロマンスと肩を並べる日本のウエスト・コースト・バンドだった。アマチュアの頃に〈オレンジ色の風〉を聴いていた。
 家に遊びに行ったこともある。猫好きの綺麗な奥様が迎えてくれた。
 ライヴの思い出は、数え切れない。

 残念だ。
 山ちゃんのことはずっと忘れない。

〈微熱夜〉


Photo : Junji Naito


コメントフォーム

2019年12月3日火曜日

有賀幹夫さんがとらえたローリング・ストーンズ

 ギルド F-47を弾き始めて、もうすぐ2年。じゃじゃ馬を乗りこなすためにこれまで以上のハード・ストロークで鳴らし続けてきて、ずいぶんセクシーな音で鳴ってくれるようになった。
 ただ、そのストロークでギブソン J-45を弾くと、ハードすぎてチューニングが安定しなくなってきた。
 ひさしぶりにお茶の水のクロサワ楽器へ。リペア担当の方にギブソンを診てもらった。木のはがれなどの外傷はないとのことで、一安心。

 その足で〈-LET IT BLEED - THE ROLLING STONES フェア〉を見にディスクユニオンお茶の水店へ。先日のローリング・ビーンズでのライヴを見に来てくれたカメラマン、有賀幹夫さんの写真が展示してある。有賀さんは、ローリング・ストーンズの日本人唯一のオフィシャル・カメラマンだ。
 俺はストーンズの熱心なリスナーというほどではないが、日本人の有賀さんが撮ったストーンズを見てみたかった。顔に刻まれたシワの1本1本が、まさにロックだ。1960年代から常に第一線に存在し続け、〈ホンキー・トンク・ウィメン〉なんて、それこそ何1000回も歌っただろう。
 写真からは、空恐ろしいまでの存在感がにじみ出ていた。

photo : Takuji


 〈ONE - Oyama Takuji Network Eyes〉のメンバーの誕生日には、俺からの声のメッセージが届くことになっている。12月での切り替えのために新しく録音し、そのメッセージををデザイナーが美しく飾ってくれた。メンバーは誕生日を楽しみに待っていてね。

〈ONE〉を更新した。
■フォトグラフ
〈鎌田ひろゆき ALBUM 発売記念ライヴ〉
11/15 東京 吉祥寺 MANDA-LA2

photo : Yukari Watanabe


2019年8月15日木曜日

柱時計のテンポ

 ずいぶん前、世田谷のボロ市で古い柱時計を買った。ネジを巻くと、懐かしい音色で「ボーンボーン」と時を告げる。「コツコツ」と振り子が揺れる音は、いつの間にか耳に馴染んで、鳴っていることを意識しなくなる。
 その時期に作った歌が、〈吠えろ〉〈夕陽に泣きたい〉〈種の歌〉。後で気づいたんだが、テンポが似ていて、柱時計の振り子のテンポとほぼ同じだった。深層心理みたいなものかな。
 気づいてからはネジを巻くのをやめてオブジェにしたが、今も仕事部屋に飾ってある。時計の裏側に「米嶋」と墨で書いてあったから「米嶋さん」と呼んでいる。




photo : Takuji


オフィシャル・ファン・コミュニティー〈ONE〉を更新した。
■アーカイブ〈散文詩〉
書き下ろしの散文詩(ポエトリー・リーディング)全49本の音声を掲載した。

 この〈散文詩〉から、〈世界はすばらしい〉〈もしもあの時〉〈Kiss〉〈ばあちゃんごめんね〉が生まれた。
 掲載の確認のために聞いていて、〈雨の週末にできること〉で柱時計の音を使っていたのを思い出した。

 〈ONE〉紹介サイトで、散文詩の〈ばあちゃんごめんね(熊本弁バージョン)〉などを聞くことができる。


コメントフォーム

2019年2月28日木曜日

山本安見さんから届いた本

 翻訳家、山本安見さんから本が届いた。
 『ビートルズと過ごした日々 デレク・テイラー 山本安見 訳』。1975年に出版された本の改訂新版。ご丁寧に手書きメッセージのポストカードつきで送っていただいた。
 20年以上前に友人に紹介してもらったのが知り合ったきっかけだ。お名前はもちろん知っていて、とても素敵な物腰の女性だった。長く交流があったが、沖縄に移住されてからは、たまにメールでやり取りするくらいだった。以前、那覇でライヴをやった時に見に来ていただいた。
 仕事部屋の本棚には、安見さんが翻訳された本が何冊もある。
 大切に読んでいこう。

photo : Takuji



2018年12月26日水曜日

若い才能との出会い

 11/17の阿佐ヶ谷harnessでのライヴを、1人のシンガーが見に来てくれた。名前は町田直隆、40歳。
 以前から俺の歌を聴いてくれているとのことで、ライヴの後に話をして、CDをもらった。
 バンドもやっているそうだが、俺が聴いたのは、ほぼアコースティック・ギターのみのサウンド。裸の歌と裸の声がヒリヒリと伝わってきた。
 来年の3/2、阿佐ヶ谷harnessでジョイント・ライヴをやることにした。すでに彼のお客さんからの予約が多く来ているようだ。
 新しい出会いは大切にしなくちゃ。

 彼のバンドがカバーしている〈下から2番目の男〉がYouTubeにアップされている。
 柏で共演したブルース・シンガー、十字郎とセッションした〈下から2番目の男〉も。
 先日共演した山口岩男君も、こんなテイストでカバーしてくれたっけ。

 昔、まだデビュー前だったジャニーズの男闘呼組が〈下から2番目の男〉をカバーした音源を聴いたことを思い出した。
 演奏はつたなかったが、終わった直後、客席からの絶叫に近い「キャ〜〜〜!」のところは、俺とはまったく違っていたな。



2018年11月12日月曜日

永遠の疑問 「俺はどう生きる?」

 1年ほど前に話題になっていた『漫画 君たちはどう生きるか』を読んだ。ちょっと説教くさい感じもしたが、ラストは感慨深かった。
 人によっては、“中二病をこじらせた話”と取る人もいるかもしれないな。
 原作は、1937年に出版された吉野源三郎の小説。マンガはだいぶ脚色されたところもあるような気がして、小説も読んだ。マンガで感じた違和感はなく、書いてあることがストンと腑に落ちた。

 「ありがたい」は「有り難い」、つまり「そうあることがむずかしい」。
 「ありがたい」が「感謝すべきことだ」という意味になり、「ありがとう」がお礼の心をあらわすようになった。

 読みながらつくづく思った。80年も前の、思春期の子供へ向けての問いかけに、60を過ぎた今でも明確な答を出せていないなんて。
 いや、だからこそ人生っておもしろいのかもしれないな。

 「大人って、なっがいよ〜」というCMを思い出した。
 昔、友だちの息子がまだ小さい時、何かでちょっと悩んでいて、アドバイスとまではいかないが「大人は楽しいよ」って言ったことを思い出した。少年が照れたように笑ってくれたのが救いだった。
 そして、大人になってもその悩みはなくなりはしないということも、言っておくべきだったな。


 ちなみに、マンガでは現代風の話し言葉に代えてあったが、小説では当時の口調のままだ。

「貴様が言い出したんじゃないか。ちゃんと知ってるぞ」
「へえだ! こっちは知らないや」
「じゃあなぜさっき舌を出したんだい」
「余計なお世話だい!」

 マンガでは登場しなかった、友人のお姉さんの口調。
「考えてごらんなさい」
「実際、立派だわ。男らしいわ」
「まあ、分からず屋ねえ」
「見とれちまったのよ」

 今は使わないね。当時の標準語というか、東京の言葉なのかな。
 昔の日活映画とかで聞いた感じだな。



2018年11月5日月曜日

夢のちまた

 2009年 福岡。縁があって、福岡在住のバンド、コーガンズとジョイント・ライヴをやった。たくさんの人が来てくれてライヴは大盛況だった。
 その時の〈傷だらけの天使〉の動画。

 ボーカルのジンロウはナイスガイで、俺のライヴに足を運んでくれるようになった。仕事とバンド活動を両立させ、子供は成人し、2年前に最愛の奥様を亡くし、「これからは自分の人生を生きる」と決心して「Cafe & Bar 夢のちまた」をオープンさせた。
 アナログ・レコードを最高の音で聴かせるというのが大きなコンセプトということ。
 福岡在住で、俺のアルバムのマスタリングをやっている男が行って「いい音でした!」と教えてくれた。
 近くに行くことがあったら、ぜひ寄ってね。



2018年8月28日火曜日

触れあう魂

 出会い頭にライヴをやって、お互いの簡単な歌を持ち寄って楽しくセッションする。
「いやあ楽しかったね。またそのうちやろうよ」なんてライヴは、やりたくない。一瞬でも、お互いのシンガーとしての魂に触れるようでなければ、やる意味がない。
 山口岩男君とのセッションは、お互いの音楽のルーツ、そこからたどってきた道のり、今と未来を感じることができた。

 そして次がある。10/27 阿佐ヶ谷harness、ゲストではなくジョイント・ライヴ。もう一歩、踏み込める。

photo : Masashi Koyama


オフィシャル・ファン・コミュニティー〈ONE〉を更新した。
■ライヴビデオ 〈祈り〉 8/25 横須賀 Younger Than Yesterday


2018年8月27日月曜日

ニール・サイモンの訃報

 ニューヨークを舞台にした作品を数多く書いた作家、ニール・サイモン死去のニュース。男女の洒脱な会話を書かせたら右に出る者はいないだろう。舞台の脚本だけではなく、映画の脚本も多く手がけた。
 『ニール・サイモン戯曲集』は、今も仕事場の書棚に並んでいる。

 反目しあっていた男女が、ふとしたきっかけで一夜を共にする。朝になって我に返った女性が男性に言う。
「昨日のことは忘れて」
「駄目だよ! もう日記に書いちゃった」

 激しく咳き込む女性が男性に言う。
「煙草をちょうだい」
「煙草? 水の方がいいんじゃないか?」
「水じゃ煙が出ないじゃない」

「毎朝走ってるんだ」
「何を追いかけて?」

「息が詰まるような気がする」
「西48丁目にすばらしい耳鼻科を知ってるよ」

「真実はともすると、とても恐いものだから」



2018年7月13日金曜日

関西弁の童話

 先日読んだ本『キツネのパックス』の挿絵を描いた作家、ジョン・クラッセンの絵本、「ぼうし三部作」とも言われる、『どこいったん』『ちがうねん』『みつけてん』を読了。
 キャラクターが無表情なのにかわいらしくて、ページをめくるのが楽しくて、お話の“間”がキュートで、最後はすごいブラックなエンディング。絵にそえられた言葉が、どういうわけだか関西弁に翻訳してあって、それが妙にキャラクターにマッチしているから不思議。








コメントフォーム

2018年7月6日金曜日

ストリート・ロックの時代

 以前もここに記したサイト「ストリート・ロックの時代」の著者、堀克巳さんが、《NG! 35th Anniversary Edition》について書いてくれた。
 佐野元春さんのデビュー曲〈アンジェリーナ〉と〈FILM GIRL〉についての考察は読み応えがある。ぜひ一読してね。



2018年7月5日木曜日

ベチコのバースデイ

 今日は磯部舞子 - ベチコのバースデイ。
 写真は、2010/11/13、 一橋学園 ローリング・ビーンズでのシークレット・ライヴ。
 1ヶ月ほど前にここで初めて会い、ちょっと話しただけのベチコを、無茶ぶりで呼び込んだところ。この後ベチコは、聴いたこともない〈傷だらけの天使〉を一緒にプレイする。

 まだコードという概念もあまりなかった、北海道にも九州にも行ったことがなかった、ツアーバッグも持っていなかった頃のベチコ。その後の活躍については、言うまでもない。
 俺の歌に、新しい彩りを与えてくれている。


 オフィシャル・ファン・コミュニティー〈ONE〉を更新した。
■フォトグラフ
01/09 横浜 パラダイスカフェ〈小山卓治 × 河村博司〉 photo : takuya
03/25 吉祥寺 STAR PINE’S CAFE〈35th Anniversary Band  Live〉 photo : takuya
05/26 岐阜 海津市 中島寺〈アコースティックお寺ライヴ 2018〉 photo: yukari watanabe
05/27 岐阜 揖斐川 真教寺〈アコースティックお寺ライヴ 2018〉 photo : yukari watanabe
06/16 東京 千駄木 Ruby's Arms〈10th Anniversary Live〉 photo : masashi koyama

 〈35th Annivers Band  Live〉は、4人のカメラマンの視点からの写真が出そろった。




コメントフォーム

2018年7月2日月曜日

最近のインプット

 『キツネのパックス サラ・ペニーパッカー著』を読んだ。表紙もかわいくて、挿絵も入っていて、カテゴリーとしては児童文学になる。
 キツネと少年のハートウォーミングな物語なのかなと読み進めていったら、途中からどんどん硝煙と野生の匂いが漂ってきて、やけにシュールな登場人物もいて、残酷なシーンも多々ある。
 最後まですごい力で引っ張られた。映画化が決定しているそうだ。ぜひ見なきゃ。




 『有夫恋 時実新子著』。川柳の句集。
 川柳とは、ざっくり言えば、季語のいらない5・7・5で、ちょっとユーモアのこもったものというイメージがあるが、この本はタイトル通り「夫がいながらの恋」がテーマで、背徳の匂いが充満している、が、息苦しくはない。

狂う眼はこうか鏡に訊いてみる
靴音が近づき胸を踏んで過ぎ
てのひらで豆腐を切って思慕を断つ
あの人を思いこの人見ています
投げられた茶碗を拾う私を拾う
青春へ杏一個を置き忘れ
ふたたびの男女となりぬ春の泥
人生のこんなところで笑う人




 ブルース・スプリングスティーンと同じ1973年にデビューし、日本では“知る人ぞ知る存在”だが(日本版のウィキペディアすらない)、ヨーロッパでは超人気のアメリカ人、エリオット・マーフィーの《Aquashow Deconstructed》を聴いた。デビュー・アルバム《Aquashow》を丸々セルフ・カバーしたアルバムだ。日本盤はリリースされていない。
 聴き比べてみると、演奏は同じキーだが、歌はオクターブ下で歌っている曲もあって、何だかドスがきいている。
 年齢にあらがおうとしない、いさぎよささえ感じた。

 2015年に24年ぶりに来日した時のライヴを見た。本当に小さなライヴハウスで、アコースティック・ギター1本でのライヴだったが、客席には熱いファンが集まり、その一挙手一投足を胸に刻んでいた。
 どこか、目が離せないアーティストだ。






 オフィシャル・ファン・コミュニティー〈ONE〉を更新した。
■ライヴビデオ
〈ILLUSION〉〈カーニバル〉with 信夫正彦 6/22 東京 荻窪 ルースター ノースサイド

 〈ONE〉紹介ページに、ポエトリー・リーディング〈ばあちゃんごめんね - 熊本弁バーション〉を公開した。
 他にも、ポエトリー・リーディング〈大人になった〉、〈ひまわり〉のライブ・ビデオ、〈ラジオ〉が聴ける。
 ちょっとのぞいてみてね。



2018年5月4日金曜日

イシイジロウさんのインタビュー映像

 サウンドノベル「428 〜封鎖された渋谷で〜」の総監督、イシイジロウさんのインタビュー映像がアップされている。相変わらずパワフルだ。

 「428 〜封鎖された渋谷で〜」に出演したのは、もう10年前のことになる。ド素人の俺を、主要登場人物5人の中の1人に抜擢してくれたのが、イシイさんだ。
 あの現場で体験したことは、俺にとって計り知れないほどの財産になっている。
 下の画像、分かりにくいかもしれないけれど、右上の7.3 銀縁メガネが、俺だからね。



 そしてこの写真は、まだ右も左も分からない撮影初日に、初めて衣装を着て、イシイさんと。



 購入した人へのボーナスDVDの映像が、YouTubeに掲載されていた。これは不法だけど、そろそろ時効かな。


オフィシャル・ファン・コミュニティー〈ONE〉を更新した。
■フォトグラフ
3/25 〈Takuji Oyama 35th Anniversary Live〉 東京 吉祥寺 STAR PINE’S CAFE Part 2
4/14 〈熊本応援ライヴ〉  東京 阿佐ヶ谷 harness


2018年5月1日火曜日

十字架

 1993年だった。滅多にないことだが、酔った勢いで男女数人連れでカラオケに行った。
 シンガーを目指している女性が1人いて、みんなが歌って盛り上がっていった頃、「これ、歌ってもいいかな」と少し躊躇しながら歌ったのが、橘いずみ(今は榊いずみ)の〈失格〉だった。
 たたみかけるような歌詞をシャウトし続ける歌だ。
 当時、彼女は俺と同じレコード会社の制作チームにいて、同じプロデューサーと仕事をしていた。ある日、プロデューサーが俺に言った。
「“〈欲望〉みたいな曲”が、できたよ」
 シングル・カットされたこの歌が、ヒット・チャートをのぼっていることを知っていた。
 同席していたみんなのリアクションは……爆笑だった。
 ショックだった。

 彼女は、尾崎豊と同じプロデューサーに育てられ、この頃はもう“女 尾崎豊”と称されていた。尾崎豊が亡くなった翌年だ。
 尾崎豊と同じ系譜の歌が、尾崎豊が亡くなって1年後に、爆笑されている。
 「自由っていったい何だい」という問いかけが、ダサいと思われる時代になっていた。アッという間に。
 メッセージを伝えるシンガーにとっての暗黒の時代。俺にとっての90年代は、そんな時代だった。

 今の若い世代のシンガーの歌を聴くと、そこには「自由って何だろう」という問いかけがある。この問いかけは、絶対になくならない。

 あいみょんというシンガーを、ファンの人に教えてもらった。〈生きていたんだよな〉は衝撃だった。むきだしの歌だ。〈失格〉と同じ、きな臭さを感じた。
 この歌がヒットしたことで、彼女は大きな十字架を背負った。まっすぐなラヴ・ソングを歌っても「普通じゃん」と言われてしまうだろう。
 それが幸せなのか不幸なのか、俺には分からない。



2018年4月13日金曜日

俺たちは最高のチームだ

 SMILEYから咽頭癌のことを聞いたのは、2年前だった。
 放射線治療を始め、数ヶ月で味覚障害をおこし、スキン・ヘッドになった。それでも相変わらず大酒を飲んで、しゃべりまくっていた。
 喉の手術をすれば、話せなくなるだけではなく、サックスも吹けなくなる。しかし入退院をくり返しながらの放射線治療だけでは、病状をおさえることはできなくなっていった。

 去年の8月4日、アルバムに収録する〈New Days〉でサックスを吹いてもらった。
 8月12日、天窓comfortへの出演。
 そして9月16日、俺の誕生日のライヴでサックスを吹いてもらった。やりたい曲は全部やった。ひさしぶりに〈NO GOOD!〉もやった。

「最後に〈FILM GIRL〉を吹かせてくれ」
 そんなSMILEYのリクエストにも応えた。

 その夜の打ち上げでも、飲んだくれて大騒ぎした。
 翌週、SMILEYは喉の摘出手術をした。


 それから何度かSMILEYと飲んでいる。声は出ないが、俺や友人たちがお見舞いにプレゼントしたタブレットに文字を打ち込んだりしながら、元気に飲んでいる。

 35年。俺の隣にはSMILEYがいた。
 たとえサックスが吹けなくても、俺たちはいつだって、最高のチームだ。

Photo : Junji Naito


2018年4月8日日曜日

「音楽が好きだからです!」

 80年代後半、事務所に1人の若者がローディーとして入った。主に俺の現場を担当していて、ガッツあふれる男だった。
 何年か一緒に仕事をし、彼はその後、クロサワ楽器に入社した。

 彼の結婚披露宴に招待された。
 スピーチに立ったクロサワ楽器の上司の方が、こんなエピソードを披露してくれた。
「私は彼が入社する時の面接をやりました。その時、『うちの会社を希望した動機は?』とたずねました。普通なら『御社の経営方針に対して』みたいなことを答えるところですが、彼は違いました。目をキラキラ輝かせながらこう言ったんです。『はい、僕は音楽が好きだからです!』。私はすぐに彼の採用を決めました」

 俺がクロサワ楽器でギターを買ったりメンテナンスを頼んだりするのは、彼がいるからだ。
 今や彼は、部長の肩書きを持っている。

 3/25 吉祥寺スターパインズカフェのライヴを、ひさびさに見に来てくれ、すごく感動してくれた。終演後の楽屋で、熱いハグを交わした。

 翌日、彼からラジオ出演のオファーが届いた。FM COCOLOで、弾き語りと1人語りの10分、マンスリー・ゲストということ。詳細が分かったら、お知らせするね。

 しばらくケースにしまっていたマーチン D-28を取り出して、弾いている。ずっと他のギターに浮気していたから、音もすねたかなと思っていたが、さすが女王のギター。堂々たる音色だ。


photo : Masashi Koyama


コメントフォーム

2018年3月29日木曜日

「信頼」

 「ストリート・ロックの時代」というサイトについて最初にここに記したのは、1月30日のことだった。
 田中ミツル君とのジョイント・ライヴに向けて書いた俺のコメントを掲載していただき、それがご縁で、著者の堀克巳さんにアルバム《はるか》を郵送して聴いていただき、名古屋で開催されたミツル君とのジョイント・ライヴに足を運んでいただき、そしてその打ち上げの席でいろんなお話をしたりしてきた。
 堀さんは、先日の吉祥寺スターパインズカフェにも来ていただき、サイトにその夜のことを書いてくださった。そのキーワードが「信頼」だった。心から嬉しく思う。ぜひ読んでね。

photo : Yukari Watanabe


2018年3月28日水曜日

ライティングの重要さ

 3/23に書いたように、照明オペレーターの葛西ちゃんが、吉祥寺スターパインズカフェの照明を作ってくれた。「照明がすばらしかった」というコメントをいくつももらっている。
 セットリストの、1曲目〈1 WEST 72 STREET NYNY 10023〉から2曲目〈カーニバル〉への流れは、俺のデビュー・ライヴと同じだった。〈Show Time〉と〈ILLUSION〉は、最初からセットリストに入れていた。
 そこに葛西ちゃんの参加が決まるという、すごいことが起きた。

 歌いながら、当時と同じ感覚で明かりに照らされているのを感じた。「ここ」という瞬間に「ここ」に照明が来る手応えを感じながら歌うことができた。あの時代と同じ熱を、照明から感じることができた。

リハーサルにて photo : Takuji