2017年2月14日火曜日

三浦久さん

 2012年、長野でライヴをやった時、ファンの人がCDをくれた。その前年にリリースされた三浦久さんのアルバム《祈り》だった。
 “三浦久”という字面は、俺のフェバリット・シンガーたちの歌詞カードの最後に“翻訳者”としてクレジットされているのを何度も見ていて記憶していた。歌も歌っていたのかと、その時は思った。
 アルバムを聴いて〈祈りの歌〉という楽曲が深く心に染みた。俺はそれまでライヴでカバーをやることはほとんどなかったが、「この歌を歌いたい。みんなに聴いてほしい」と思い、2ヶ月後のライヴで歌った。

 三浦さんとジョイント・ライヴをやりたいと思い立ち、メールでは失礼だと思って手紙を送った。そこからやり取りが始まり、2013/5に東京でジョイント・ライヴが実現した。その日「初めまして」の握手を交わした。
 同時進行で、三浦さんが長野県 辰野町で経営しているライヴハウスOREADでのイベントに誘っていただき、6月にOREADへ行った。「こんな長野の田舎に、こんなにすばらしいライヴハウスがあったのか」と感激した。いつかここでソロ・ライヴをやりたいという夢が生まれた。

 その後、何度かお互いのイベントに出演し、2015/7、念願だったOREADでのソロ・ライヴを開催することができた。全国からお客さんが集まってくれ、最高の夜になった。ライヴは2016年にもやり、今年も夏の終わり頃にやりたいと思っている。

 「僕のアルバムレコーディングに参加してくれないか」と三浦さんに言われた時は、即答で「喜んで!」と答えた。
 2015/8、三浦さん宅の広いリビングにレコーディング機材と楽器を持ちこみ、レコーディングが行われた。俺はアコースティック・ギターとコーラス。他のミュージシャンは“やぎたこ”というアメリカン・ルーツ・ミュージックをプレイする2人。三浦さんの歌を最大限に伝えるため、最小限の音数だけでプレイした。
 俺のグランド・デザイナーのコヤママサシ君が写真とデザインで参加し、アルバム《九つの物語》は2015/12/13にリリースされた。

 改めて考えると、三浦さんと知り合ってまだ4年もたっていない。でも深く心でつながっているように感じる。




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