デビューからの付き合いのカメラマン、内藤順司から連絡が来た。
「小山ちゃんと作ったDVD《MANY RIVERS TO CROSS》を、YouTubeで一般公開しようと思うんだ」
もちろん異存はなかった。
3年の歳月をかけ、20周年の2003年にリリースした103分のロード・ムービー。
今週末から4週にかけて1曲ずつ公開し、その後、全編を公開公開することにした。
それに先立ち、当時のファンクラヴ〈OFF〉に掲載した「制作ノート」と「小山 × 内藤 対談」を、不定期だがここに掲載していこうと思う。
《MANY RIVERS TO CROSS》制作ノート
2000/5/29
今年のツアー〈LOOKING FOR SOULMATES〉が、吉祥寺MANDA-LA2から始まった。数日前、内藤からずいぶんひさしぶりに連絡が入った。
「ひさしぶりに小山ちゃんを撮ってみたくなって」
ステージを撮影し、そのまま打ち上げも出ずに帰っていった。
6/9
内藤からオファー。僕のライヴビデオを制作したいとのこと。《手首》のリリースを前に、まだツアーが始まったばかり。タイミング的にも予算的にも、今はまだクエスチョンだ。だが、これから動いていく中で、攻める時期が来るはずだ。そこで大きな流れが作れるような気がする。
9/9
ツアーのChapter 8、渋谷 ON AIR WESTでのライヴ。中野督夫さんとスティング宮本との2度目のステージ。楽屋入りから内藤がビデオで映像を押さえる。まずはテスト撮影ということで、内藤のカメラ1台のみでの撮影。彼がどういう映像を作ろうとしているのか、見ることができるだろう。楽しみだ。
9/13
内藤から先日のライヴのラフ編集のビデオが届いた。ぶっ飛んだ! すぐさま内藤に電話し、叫んだ。
「見たぞ! すげえ!」
10/15
内藤から企画書が届く。「MANY RIVERS TO CROSS(仮題)構成案」と題し、全15曲、アコースティックな部分とバンドサウンドの部分に分かれている。まだバンドメンバーも決定していないのに、気の早いやつだ。だが、内藤の頭の中にあるイメージは、かなり理解できてきた。
企画書に、イメージを喚起する言葉が並んでいる。
「歩く足とギターケース 車に乗りこむ 流れる景色と雲 煙草を吸うアップ、街をうろつく 口走る言葉 楽屋 リズムを刻む足 怒濤のライヴ 陽気にクールに 生きている目 くじけている目 獣の鋭い眼光 ROAD(地上すれすれのスローモーション)」
うちへ来た内藤と、互いのイメージをぶつけ合う。これは、音楽を主役にしたロードムービーだ。
内藤に言う。
「長い旅になりそうだな。でもこの旅が終わった時、DVDを買った人が見終わった時、旅の終わりの心地よい疲れと達成感、カタルシスみたいなものを感じられるといいな」
内藤は、かなり入れこんでいる。そのパワーと僕のテンションが重なれば、すごいものが生まれるだろう。
ゴールは見えない。でもスタートは切った。
2001/4/24
内藤とのフォトセッション。渋谷のレノンから始まり、都内のロケ。丸1日の撮影を終え、ギネスを飲みながら話す。そろそろ〈LOOKING FOR SOULMATES ツアー〉も終わり、次のツアーを秋口から始めようと思っている。ツアータイトルは〈MANY RIVERS TO CROSS〉だ。内藤の撮影とどうリンクしていくか。
「小山ちゃんがやりたいようにツアーを組んでよ。そこに俺がからんでいくから」
8/3
名古屋のステージで倒れ、東京に戻った。
8/30
今後の撮影方法やスケジューリングについて内藤とミーティング。年末に大阪、名古屋、東京でバンドライヴをやる可能性を探っていたんだが、どうしてもスケジュールがタイトになってきた。
僕からの提案。
「今年にこだわらずに、来年までを視野に入れれば可能性はふくらむ。ただ、内藤のテンションが続くかどうかを確かめておきたいんだ」
「俺はだいじょうぶだよ。作るっつったら作るんだよ!」
どこまでのスパンで考えるか。終わりの見えない旅はつらい。
09/03
〈MANY RIVERS TO CROSS ツアー〉初日。内藤のカメラが僕を追う。怪我以来初めてのステージだけに不安もあったが、最後は盛り上がることができた。
終演後、楽屋で内藤に言われた。
「何だ、元気じゃん。心配するんじゃなかった」
9/11
ニューヨークでテロ。世界が狂い始めた。この空気はきっと作品にも影響するだろう。

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