2人の歌人の相聞歌集を読んだ。サブタイトルは「四十年の恋歌」。
21歳の河野裕子と20歳の永田和弘は、和歌を通じて知り合い、恋をし、結婚し、2人の子供に恵まれ、それぞれが何冊も歌集を出版し、2010年、64歳で河野裕子が乳がんで亡くなるまで、多くの相聞歌を作り続けた。
若い頃の河野裕子の随筆にこんな文章がある。
誰かの為に、何かの為に、という大義名分では決して短歌は作れるものではない。短歌はもっとつきつめた、ひとりぼっちなものであると思う。
それでも2人は何百首もの恋の歌を、河野裕子が亡くなるまで(亡くなった後の永田和弘の挽歌も)作り続けた。
この本は、それをひとつにまとめた短歌集だ。
これほどまでに熱く、穏やかで、痛い相聞歌を、これまで読んだことがなかった。いくつか紹介したい、
・出会ったばかりの若い頃
たとえば君 ガサっと落葉すくふやうに私をさらつて行つてはくれぬか
河野裕子
あなた・海・くちづけ・海ね うつくしきことばに逢えり夜の踊り場
永田和弘
・結婚して子育ての頃
鈍感なわたしだつたよひたひたとあなたのこゑを書きつけておく
河野裕子
あそこにも、ああ、あそこにもとゆびさして山の桜の残れるを言う
永田和弘
・河野裕子の死を前にして
あなたらの気持ちがこんなにわかるのに言い残すことの何ぞ少なき
河野裕子
ヤドリギは夕暮れ影を深くする幸せすぎたと泣く人がゐる
永田和弘
・河野裕子の死後
たったひとり君だけが抜けし秋の日のコスモスに射すこの世の光
永田和弘
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